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第27回 白山信仰と袋井15 袋井・浅羽からの白山巡礼4

 

比高差450mにおよぶ壁のような急斜面を登り切ると、ようやく標高990mの桧峠に立つことができる。峠は越前と美濃との国境をなす山の稜線の一番低いところにあたり、アップダウンの著しい稜線は国境であると同時に、白山長滝寺の修験者達(山伏)が白山山頂へと向かう山岳修行、「鳩居入峰(はといにゅうぶ)」の修行道が通じており、これが峠で美濃禅定道と交差している。


峠の頂上はそれまでとはちがって360度の大パノラマが展開し、空が澄んで展望がきくときには、雄大な風景に思わず声をあげてしまうくらいだ。いつの頃か「桧峠」と呼ばれるようになったが、美濃・飛騨・越前の三国を見渡すことができるので、古くは「三国峠(みくにとうげ)」と呼ばれていた。


峠からみる正面の一帯が、遠州を含んだ東海地方一円に白山信仰を直接伝え、遠州の人々を白山へ道案内した、「石徹白御師(いとしろおし)」の里、石徹白郷だ。そこは、白山山頂を構成する別山(べつさん・標高2339m)の山の神である虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)を祀る白山中宮(ちゅうぐう)の中居神社(ちゅうきょじんじゃ)があり、これに奉仕する社家(しゃけ・中居神社の神職を出す家)・社人(しゃじん・檀那場を廻り、宿坊を経営する御師)・末社人(すえしゃじん・山林の管理、物資の運搬をおこなう)という神仏に仕える者だけが暮らし、明治になるまで、どこの領主にも属さない特別の里であった。


遠州から長い道のりを歩いてきた参詣者の一行は、今日の宿泊所である御師の家を目指して峠からは一気にくだり、集落へと向かうのであった。(山)